第92話    「庄内釣り」   平成18年01月08日  

庄内竿の特性からお話しようと思う。
第一の特性として穂先より少し下の部分に強い張りがある。通称モノウチと云っている部分がそれである。それにプラス竿全体に強烈なシナリがある事である。得てして化学繊維で作られた竿は、手元が極端に強く、手元から大分上からでないと曲がる事がないのが普通である。また、庄内釣りにおいてはただ軽いだけでも駄目で、竹に弾力があり竿をふった時に手元から穂先まで全体がきれいな弧を描き湾曲しなければ完全フカセ釣の竿にはならない。それでいて強靭な竹は元へ戻ろうとする力が働くから、魚が釣れた時の復元力が、魚を弱らすに十分な威力を発揮すると云う特徴があるのである。

4間竿を振る村上氏
そんな竿が餌以外のものを一切付けないと云う完全フカセ釣りを可能とした。バカが最大で竿の長さの倍にとり、より正確に遠くのポイントに打ち込む事を目標に日頃から鍛錬した。そして熟練の釣師は餌を打ち込む時や大きな魚を掛けた時に、この竿の持つ最大の特徴でもあるしなりを最大限に活用している。振込み時に竿がきれいな弧を描き、弾力に富むと云う竿が、庄内の完全フカセ釣りと云う釣法を開発したと云って良い。更に庄内竿の細大の利点は「今魚が近づいている!」とか、「今、魚が餌を咥えた!」などの微妙な感覚を釣りの熟練度によって、手に取るように分って来る事が上げられる。基本的に延竿である庄内竿は、魚のアタリを敏感に感じる取る事の出来る竿とも云えるのである。

一方化学繊維の竿では穂先にアタリを感じ取るのが、どうしても庄内竿に比べワンテンポ遅いと云う特徴がある。その為穂先の糸の張り具合を常に注意深く見ていなければならない。初めから化学繊維の竿に慣れている人等は別として、こと庄内竿に慣れた人では、科学繊維で作られた竿に代えて時に、しばらくはアタリがあっても何も釣れなかったと云う状態が続く事がある。また、化学繊維の竿では張りが強過ぎる為に、振り込んだ時にオキアミのような柔らかい餌などは、どこかに飛んで行って無くなってしまうと云うことが良くある。素人の釣師が力任せに餌を飛ばすのと同じで、竹竿のシナリを十分に使わず、ただ力任せに餌を遠くに飛ばそうとしてしまうからに他ならない。その為に長い竿が必要となった。力を使わずに庄内竿のシナリ、つまり弾力を最大限有効に使って正確に遠くに飛ばす練習をした結果、そう云う釣法が可能となったのである。

上手な釣師は最終的には、少々の風があったにしても竿の倍もの長さの道糸を自由に扱ったとも伝えられている。正に神業としか云いようがない。そんな釣り方を昔の人は術と称した。現在そんな庄内釣りの術を持っている釣師は、近代釣法に押されて弟子もなく伝承もままならず何名くらい残っているのだろうか?磯を歩いて見ても伝統釣法を守っている人たちは少ない。年老いて短竿を使っている老人を良く見かけるものの、現役で長竿を使う人などを見かけることは殆どないに等しい。

化学繊維の竿を使っても、その流れを汲む人たちがいる。ただかつての弾力に富み、シナリを活用しての振込みが出来ない為にバカが極端に短い分竿が長くなっている。長い中通し竿を使っての釣が多い。その分術の力が多少落ちても庄内釣りが可能な為に、かつてのレベルではないことも確かである。結果がすべてと云う観念が先立つ昨今の釣りの風潮が蔓延し、釣ってナンボの漁師の世界と変らなくなっている。それに比べ古の釣りは楽しい釣りであったようだ。例えバラシたとしても、それはそれで魚と勝負出来たと云う範疇に入っており、引きを楽しんだ事で満足出来たのである。魚がいそうな場所を選定し、魚に餌を食わせることも、勝負の範疇に十分入っている釣りであった。下手でバラス事もあったであろうが、ただバラシたから、あの人は下手と云う事にはならなかった。

以前にも述べたと思うが、庄内竿の最大の欠点は、細身のわりには竹が肉厚であるから、竿がとても重く感じる事である。よって庄内竿の四間以上の長竿を一日中振ることは慣れた人でもとても辛い。また、関東等の竹竿と異なり竹の中が空洞でない為に、携帯に便利なように何本かの継竿にしても、互い違いにして竿の中に仕舞う事が出来ない。だからどうしてもワンセットが短い物で24本、長竿になると57本の束になってしまうのでロッドケース(竿袋)に入るのが最大で長短併せて34本位が限度となる。継竿が考案される以前の釣りでは、継竿にしないままの竿(延竿、一本竿)を肩に担いで十数キロ離れた釣り場までの道程を、長く伸びきった四間(7.2m)の他34本を背に担いで山越えをしている。